ホモトピー論と私

よくありがちなタイトルですが、私が大学院初期の時代に今の専門分野(ホモトピー理論)を選んだ動機について、幾何学の超簡略版の解説を交えながらお話しようと思います。

以下の順に話を進めます:


同値関係について

幾何学がいったい何を目標としているのか?を考えると、究極の目標は「図形の分類」であると言ってよいでしょう。そして、分類するときには「どのようなものを『同じもの』として考えるのか」のルールがはっきりしていなければいけません。

数学では、「どのようなものを『同じもの』として考えるのか」のルールを同値関係と呼び、またそのルールのもとでグループ分けされたそれぞれのものを同値類と呼びます。ルールが変われば当然「同じ」の概念も変化し、同値類の数も異なってきます。

ただ、同値類の数があまりに多いと全く分類した気になれませんし、またあまりに同値類の数が少なすぎても「十把一絡げにまとめた」という感じがして、とても分類とは言い難いでしょう。このように、数学的に図形の性質を調べるときには「何が良い同値関係なのか」ということを、まず考える必要があります。


幾何学の種類

幾何学では「ある決められた変形(変換と呼ぶ)で移りあう図形は同じ」という同値関係を与えたときに、図形がどのように分類されるのかを調べます。したがって、どのような変換を考えているかによって異なる幾何学が構成されます。与えられた変換を図形に施した際に変化しない数学的な量のことを、一般に「変換に伴う不変量」と呼びます。

例えば、以下のような変換および位相不変量を扱う幾何学が知られています:

幾何学の名称 変換 不変量
ユークリッド幾何学 合同変換 面積、長さ、角度など
相似幾何学 相似変換 角度など
アフィン幾何学 アフィン変換 直線上での比など
射影幾何学 射影変換 複比など
位相幾何学(トポロジー) 位相変換 さまざまな位相不変量
ホモトピー幾何学 ホモトピー変換 ホモロジー群、コボルディズム群、ホモトピー群など

おおざっぱに言えば、下に行くほど条件の緩い変換になっていき、それに従い不変量の定義も難しくなります。(ここで「条件が緩い」と書いたのは、上の方の幾何学で同じと扱われる図形は下の方の幾何学でも同じと扱われることを意味します。)

このような幾何学の定義付けは、数学者クラインが23歳でエルランゲン大学の教授に就任した(すごい!)際に提出した「エルランゲン・プログラム」が基になっているのだと思いますが、以来幾何学は

が主要なテーマになりました。


位相不変量と幾何学

考えている幾何学が扱い易いものかどうかの一つの基準として、「良い不変量を持つかどうか」が挙げられます。実際、良い不変量を持っていれば、それぞれの図形を調べる際にとても役に立ちます。

例えば、ある図形Aに対してf(A)という不変量が与えられているとしましょう。同様に、図形Bに対してもf(B)が与えられます。このとき、不変量fが

「AとBがある変換Tで同じ(すなわち同値)なら、f(A)=f(B)」 ....(*)

という性質を持つならば、不変量fは変換Tに対する不変量と呼ばれます。

ここで重要なのは、(*)の対偶命題として

f(A)≠f(B) → AとBは同値ではない

が得られるので、図形AとBが変換Tで同値ではないことを見るには不変量fによる値を考えれば十分なのです。

(*)の逆命題

f(A)=f(B) → AとBは同値 ....(**)

は必ずしも成り立ちませんが、(*)と(**)の両方の性質を持つような不変量fがあれば不変量を用いて完全に図形を分類出来るのでとても都合が良いでしょう。(**)を満たすような、変換Tとの相性が良い不変量fが存在する幾何学はとても扱い易いと言えます。


ホモトピー幾何学

私が研究している幾何学は、ホモトピー幾何学(あるいはホモトピー理論)という分野です。この幾何学では変換としてホモトピー変換を、また不変量として一般コホモロジーと呼ばれるものを考えます。良く知られた一般コホモロジーには、例えば次のようなものがあります:

特異コホモロジー群、Kコホモロジー群、楕円コホモロジー群、

コボルディズム群、(安定)ホモトピー群

私がホモトピー幾何学を研究しようと考えた一つの理由は、図形がホモトピー同値である必要十分条件はホモトピー群が同じであること(より正確には、図形間の写像A--->Bがホモトピー群の間の同型を与えること:Whiteheadの定理)が知られていたため、「この幾何学は面白そうだ」と考えたからです。

それでは、扱い易い幾何学であるホモトピー幾何学では、いったいどのような研究が出来るのでしょうか?端的には与えられた図形に対して位相不変量(ホモトピー群)を効率的に求める方法の研究が考えられるでしょう。さらに要素還元主義的に考えるならば、「図形の基本構成要素に対する位相不変量」について知りたいと思うのが自然な欲求です。

CW複体などを考えても明らかなように、

Sn={(x0, x1, .... , xn)∈Rn+1:x02+x12+....+xn2=1}

で定義されるn次元球面Snは図形の基本的な構成要素だと考えることが出来ます。私が球面のホモトピー群の計算に関する研究を始めたのは、このような理由からでした。